完璧すぎる「黒」の支配
現代の「サンローラン(Saint Laurent)」のランウェイは、非常に美しい。
夜のエッフェル塔をバックに、黒いガラス張りのランウェイを疾走するモデルたち。アンソニー・ヴァカレロが構築するシルエットは、鋭利なシースルー、重厚なレザー、そして完璧に仕立てられたタキシードジャケット(ル・スモーキング)の「漆黒」によって支配されている。文句なしに格好よく、ストリートとラグジュアリーの頂点で商業的な大成功を収めている。
だが、その完璧な黒のカットオフを眺める時、胸の奥底で消えない小さな違和感が芽生える。
「これは本当に、あのイヴ・サンローランの魂なのか?」と。
ブランド名から「Yves」が削り取られ、「Saint Laurent Paris」へと再構築されて以降、メゾンは極限まで洗練された。しかしその洗練と引き換えに、かつて天才デザイナーが命を削って表現した「ある決定的な要素」が、綺麗に脱臭されているように思えてならない。
モンドリアンからロシアへ:イヴが燃やした「色彩の狂気」
モード史を振り返れば明らかなように、イヴ・サンローランという男の本質は、決して「黒のシックさ」だけには留まらなかった。むしろ彼は、誰よりも過剰で、破滅的なまでの「色彩の魔術師」であった。
1965年に発表された「モンドリアン・ルック」を思い返してほしい。ピート・モンドリアンの抽象絵画——赤・青・黄の鮮やかな三原色と黒い直線——を、シーム(縫い目)の完璧な幾何学計算によってドレスへと昇華させたあのコレクションは、服飾における構造主義の金字塔だった。そこにあったのは、冷徹な知性と大胆な原色の調和である。イブサンローラン時代の代名詞といえばやはりモンドリアンのAラインのワンピだと思う。
さらに1976年の「オートクチュール・ロシア・コレクション」では、金糸やヴェルヴェット、鮮烈なオリエンタルカラーを過剰なまでに重ね合わせ、モード界に劇的な色彩の爆発をもたらした。
イヴにとって服とは、人間の複雑な情念や芸術の鼓動を、鮮やかな「色」と「構造」としてキャンバスに叩きつける行為だったのだ。
マジョレル庭園の現地で覚えた不気味な感触
モロッコ・マラケシュにある「マジョレル庭園(Jardin Majorelle)」の地に立った時にも違和感を覚えた。
画家ジャック・マジョレルが作り上げ、後にイヴとピエール・ベルジェが買い取って崩壊から救ったその庭園は、強烈な北アフリカの太陽の下、コバルトブルー(マジョレル・ブルー)とイエローが鮮やかに咲き誇る美の聖域だ。重度の精神的打撃やドラッグ、クチュールの重圧に押し潰されそうになっていたイヴが、逃避行の末に色彩のエネルギーを補給した「生の現場」でもある。
観光地化された現在のマジョレル庭園を訪れると、何とも言えない奇妙な浮遊感に襲われる。
ギフトショップには、イヴが親しい人々に送り続けた「LOVE」のグラフィックポスターが並び、世界中から集まった観光客がYSLのロゴの前でセルフィーを撮る。
一見するとポップで愛らしいポスターやフォトスポット。だが、1965年のあの冷徹で完璧な「モンドリアンの幾何学」を考えた時にそれはどこか切ない違和感を残す。
完璧なキャンバスの幾何学を構築できた天才が、なぜ重圧から逃げるようにこのマラケシュの庭園へ逃避し、歪んだ手描きの文字で「LOVE」と描き続けなければならなかったのか。
かつてイヴが血を吐く思いで追い求めた「熱病のような色彩と生の苦悩」は、いまや巨大資本の不動産としてきれいに安全管理され、無菌化された観光コンテンツへと変貌しているようにも見える。
ただまあ、21世紀に観光として楽しむことに異論はないし、自分も楽しんだ一人ですけどね。そして、ポスターの展示も間違いなく素敵なんですよ。
けど、一方で、重圧から逃げるようにこのマラケシュの庭園へ逃避したドキュメンタリーを見てしまうと、THE商業化された陽気な観光施設になんとも言えない複雑な気分も感ぜすにはいられない。
資本主義が求める「安全なブラック」への収斂
なぜ現代のサンローランは、あれほどまでに「黒」に偏倒するのか。
答えはシンプルだ。イヴが持っていた複雑で危険な色彩美学——絵画的で、文脈依存度が高く、売るのが難しい繊細な情緒——を削ぎ落とし、グローバル市場で最も消費しやすい「クールで洗練された黒のアイコン」へと集約したからである。
「黒」は安全だ。誰を着せても様になり、ノイズを消し去り、ストリートの文脈にも高級車のシートにも馴染む。
ヴァカレロが描く黒のシルエットは、間違いなく時代をハックしている。しかしそれは、イヴが命を削った「色彩と構造のドラマ」の継承ではなく、巨大資本(Keringグループ)が算出したマーケティング上の正解なのだ。
- イヴ・サンローラン(過去):モンドリアンの幾何学、マジョレル・ブルーの爆発、人間のドロドロした情念と色彩の狂気。
- サンローラン(現代):無菌化された漆黒、ロックでシックなストリート・ラグジュアリー、完璧にコントロールされたコモディティ。
5. 歪みを抱えてランウェイを眺める
私は現代のサンローランをボロクソに批判したいわけではない。ヴァカレロの作るジャケットの美しいカッティングには今なお魅了されるし、あの冷徹な黒のモードが持つ圧倒的な格好よさも理解している。
ただ、我々は知っておくべきなのだ。
いまランウェイを支配しているあの完璧な漆黒は、かつての天才がもがいた生々しい色彩を脱色した末に辿り着いた「洗練という名の去勢」でもあるということを。
マジョレル庭園の眩しいコバルトブルーを思い出しながら、エッフェル塔の下で繰り広げられる漆黒のショーを眺めたとき、その完璧すぎる黒のシルエットの中に、かつてモロッコの強い日差しの中で色に溺れ、愛と狂気を叫んだ一人の天才の「残り香」を、あえて探してみたいと思う。